チューリップ(1)

服装と持ち物を見てすぐに、彼はいわゆる堅気のお仕事をしている人ではないのかな、と思った。
派手すぎるわけじゃないし、金色のアクセサリーばかりギラギラしているというわけでもないんだけれど、なんだかちょっと、落ち着かなかった。そしてしきりに携帯電話を気にしていた。

30歳くらい、もしかしたらもう少し若いのかもしれない。
こういう遊びには慣れてる感じがする。ホテルの部屋に初対面の女とふたり、という状況に、なんの緊張感もないようだった。よろしくお願いします、と言ったあたしをちらり、と見て、おお、座りーや、なに飲む? と冷蔵庫を開けた。
あ、じゃあ、エビアン。と言うと、なんや、酒あかんのかぁ、と言って緑色の小さなボタンに指をのばし、押そうとしたところでふと止まり、「仕事中だからぁ、的な?」とこちらを振り向いた。

あっ、じゃなくて、普通に、飲めなくって。
そう言うと彼は、そうかそうか、と納得したようにうなずいて、一度止めた指をまた最後まで押し込み、ぱちん とエビアンを取り出してくれた。

「はいどーぞ」
キャップを半分開けて、こちらに渡してくれた。その手でまた携帯をパタンと開ける。
ごめんなぁ、せわしくてー、とぼんやり言いながら、メールをかちかちと打っている。
お仕事? ときくと、うん、とも、ああ、ともつかない、ふにゃっとした声で返事をした。

ベッドに行ってからも、彼の黒い携帯はサイドテーブルの上で、時々光っては小さなメロディーを鳴らした。見なくていいの、という顔をすると、ええねん、という顔をするくせに、またメールが来るたびに、彼の舌の動きは止まるのだった。

負けてはないけど、完勝じゃない。彼にメールを送り続けてくる人におかしな対抗意識を持って、あたしは少しだけ自分の声が大きくなるのを感じた。
そんなに大変なときにデリヘルなんか呼ぶなんて。でも、せっぱつまって勝負どき、という張りつめたところで、女のからだがほしくなる、っていうのも、まああるのかもしれないかなあ、と思った。

確かに少しうわのそらな愛撫だったけれど、こちらが不快にならないように、と思ってくれていることはよく伝わったし、暇つぶしをしているわけじゃないのね、と許して髪を撫でてあげた。
うわのそらにしては、まあまあ上手だったし。


それまでと違う着信音が鳴ったのは、あたしの方が口を使ってる時だった。びくっとしてこっちを見た彼の様子で、あ、この電話は出るんだ、とすぐに分かったので、スッとくちびるを離した。
ごめん、と言って彼は電話に出た。二言三言しゃべって、ベッドさえ降りてしまった。

一転して完敗したあたしは、とりあえず身体の向きを変え、掛けぶとんを胸までひっぱりあげて足を伸ばした。
彼は電話を続けている。
彼女? じゃない。仕事? それも違う。
聞きたいわけじゃないけど耳に入ってしまう会話、単語の端っこ、それが少しずつ繋がりそうになり、次の瞬間あたしは気づいて強く思った、

この電話、聞いちゃいけない。

絶対にそうだなんて、いえないけれど、彼と誰かが話しているのは、たぶん、植物の話で、それはタンポポとかソメイヨシノとかそういう植物じゃなくて、

育ててはいけない草木の、話をしている、ように、聞こえた。

あたしはふわふわの大きな枕をぎゅっと抱え、きいてないよとアピールするように背を向けた。


** つづく **

コメント (Close):3

hiro 10-03-31 (水) 19:57
こんにちは・・3月になって見に来ると続けてブログが書かれていたので 楽しく拝見しました。 毎回本当に興味深く読んでいます。 まるでその場にいるような感じがします。 私は結構な歳ですが偏見があるわけでもないけど 風俗系の遊びをしたことがないので・・・ 貴女の書かれる言葉の一つ一つがとても新鮮に感じます 仕事との適度な距離感や相手に対する心遣いには とても感心してしまいます。 もっとたくさんのコメントがあってもいいのになあと・・・ 次も楽しみにしています。
椎名こゆり* 10-04-03 (土) 9:38
ありがとうございます。 仕事との距離をはかることはとても苦手です。 苦肉の策としてこのブログを書いているような感じです。
hiro 10-04-03 (土) 13:48
親しくなりすぎるのもトラブルの元だし そっけなくビジネスライクにすることも 仕事の内容上難しいですよね。 仕事の距離をはかれないとおっしゃっていますが・・ 私には程よい距離感と心遣いが素敵だと思います。 文章も自然なのか工夫されているのかはわかりませんが 読みやすくて、しかも臨場感がとてもあります。 いろいろな意味でバランスがとてもよくて感心します 私の個人的な好みとあっているのかもしれませんが・・(笑) 早めの更新 お願いします(笑)

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