チューリップ(2)

2、3分して彼が戻ってきた。
背中を向けたあたしに、申し訳なさそうに「ごめんな」と言って、静かにベッドに入ってくる。
ふたりともすっかり身体がさめてしまっていて、でも、黙ってそっとくっつけていると、「急にほうりだすなんてひどい」「ごめん、もうしない」と、たしかに会話をしている感覚があるのだった。

その感覚は、あたしの中にあった、彼に対する恐怖感を少しずつ薄めていった。
あたしの考えが当たっていて、悪いことをしているのだとしても、何もその種や葉っぱをあたしに売りつけようとしているわけではないのだ。

「ごめんな、せっかく、一生懸命してくれたのに」
そう言って髪をちょっと撫でて、そのあと彼は、半分笑ったように、こう言った。

「……わかってもうたやろ? その、俺が、なに、してるか」

えっ、それ、言っちゃうの自分から、黙っていればいいのに、どうして、と戸惑って、でもあたしはほとんど無意識に、
「園芸。たぶん、チューリップ」
と、答えていた。

「チューリップ? ……なんで?」
「めずらしい種類のをー、栽培するの。そいで、きれいに咲いたらみんなに売ってあげるの。そういうおしごとー」

まるくなっていた身体をのばし、両腕をぐっと布団の上に出して、天井を見ながらあたしは言った。

彼はふっと笑って、さすがやな、大当たりや。とつぶやいた。
花はええよね、明るくなるしな、と話しながら、またあたしの髪を、ゆっくりゆっくり、撫でた。
これが園芸家が花を愛でる時の手つきか、と思い、あたしもこっそり笑った。

「自分は何の花が好きなん」
「お花はなんでも好きだよ。ガーベラも、ラナンキュラスも、ユリもダリアも」
「なんて!? 呪文みたいやなあ、ユリしかわっからへんわ」
そんなことをぽつぽつ話しながら、キスをした。

なぜチューリップと言ったのかは自分でもわからない。でもチューリップくらいでなければ、花に興味のない男の人にはその姿を一瞬でイメージすることができないかもしれない。あとは、そうだなあ、ヒマワリとか、バラとかなら、大丈夫だろうか。
だけどあたしはとっさにチューリップを選んだ。たぶん、彼にどこか、子どもっぽさにも似たおおらかなやさしさを、感じてたのかもしれない。初めてクレヨンを持たされた子どもが描くチューリップみたいに、堂々としたあかるさ。

そのうち、熱の戻った身体で、「もう一回してくれる?」と言われて、あたしはまたそこにくちびるをつけた。
さっきより熱かった。


部屋を出る間際に呼び止められて、バッグの外ポケットに何かねじ込まれた。一万円札だった。
やだ、いいよ、もらえない。と返そうとしたけど、ええねんて、そんな、変な意味とちゃうねんて、これしかやれへんのやから、と言って受け取ってくれない。
ごめんね、ありがとうね、と言って財布にしまったら、こんなことを言われた。

「ホンマやったら、俺がもっと金持ちやったら、……部屋ん中、花でいっぱいにしたるんやけど」

うれしくて、でもかなしくて、帰り道の足が、ふわふわした。

あのときはたしか夏で、チューリップは売ってなかった。
だからあたしは彼のこと、3月に思い出す。


コメント (Close):5

椎名こゆり* 10-04-03 (土) 8:48
この話だけは3月に書きたかった!のに!! そろそろチューリップの時期もおわっちゃうね。
田所良雄 10-04-18 (日) 21:11
男はだいたい身勝手で、謝れば許してくれると思ってる。摩擦を起こさないで過ごそうと思うなら、黙って許せばいいと思うけど。許せないものは、絶対に許しては駄目だと思う。男は悪いことをしても、本当に反省している者は少ない。運が悪かったと思っている。困っている時に助けるのが女の役目だと思っている。(あくまでも一般論だけど)。
椎名こゆり* 10-04-18 (日) 23:46
「だからごめんってゆってるじゃん」とかね。よくいってますよねあのこたち。
わたしを前にしていないお客さんの行為やなにかについて、 わたしはこれまでもこれからも、許すこともなければ許さないこともないだろうと思います。謝られようと、そうされなかろうと。 わたしの外側にそういう感情を存在させることがないのです。 「興味がない」し「きりがない」のです。 お客様だから。
あゆみ 10-04-24 (土) 1:24
はじめまして。ツイッターからやってきました。なんだかすごく、、、すごくすごくおもしろかったです。なんかこう、こういう世界観というか、しっかりしているのにどこかふわっとしている世界っていう感じがして、とても心に残りました。他の作品も読んでみたいと思いました。
椎名こゆり* 10-05-01 (土) 0:01
ありがとうございます。 twitter、すごいなあ。
わたし自身が「しっかりしていると思いきやふにゃふにゃ」なので…… お札の向きはそろえているくせに、サイフを忘れて出かける人です。
根本的にダメな自己紹介をしてしまいましたが、また読んでもらえるとうれしいです。

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