風俗嬢と愛妻家 (2) お別れのキス

そのお客さんは、遊び方が下手だった。
無粋な客、ということではなく、ああ、慣れていないのだなとよくわかる人だった。
だって、せっかくホテルの白くて大きなバスタブにバラの香りの泡風呂作って、ちょうどいい感じにエッチなムードで体を寄せ合ってる最中に、「誰かと一緒に風呂入るなんて久しぶりだなあ」って言うから、あら、そうなの? と肩にお湯をサポン、とかけてあげたらば、
「……子どもが小さいうちに、もっといっぱい風呂入っとけばよかったなあ」なんて言うんだもの。
そして(やばい、変なこと言っちゃった、俺バカだわ……)
と、みずからテンションを下げてひとりでがっくり来ていたのだ。
そりゃあ娘さんの顔が浮かんだらそういう気持ちはなえちゃうに決まってる。
もちろん下半身も。

けれどその場はすっかり「お父さんモード」になってしまった彼は、
「まだまだ子どもと思ってたのに、女の子の成長は早いんだね」とか、「大きくなるにつれて母親に似るってのはありゃ本当だね」と、だいじな娘さんの話をいろいろと聞かせてくれた。
奥さんの手料理では「肉どうふ丼」がおいしい、という全くこの空間(だって、ラブホテルのジャグジーバスですよ)にふさわしくない情報まで披露される始末。
ますますエロから遠ざかってどうしようかと思ったが、しかし「牛肉とおとうふの他には何はいってんの?」と聞くわたしに「玉ねぎとエノキと、あとー」と答えてくれる表情は、可愛かった。普段の「女だけの家庭で若干押され気味の、でも優しいパパ」ぶりが、分かるような気がした。だから、
──せっかくひとが頑張ってふくらませたものを一瞬のうちにしぼませやがって!! こっちの気も知らないでもう!!
な気持ちはすぐに消えて、わたしはその人に好感さえ持った。


もうお風呂に入れない年齢の子どもがいるようには見えない印象だったのだけど、学生結婚だと聞いて納得した。
上の娘さんは、10歳を過ぎてから急に女の子らしくなり、父親としては少々戸惑ってしまうらしい。特に最近は、顔立ちだけじゃなく言うことまでもヨメに似てきて俺は2倍おこられるんだ、とこぼされて、あまりにもよくわかるので声を出して笑ってしまった。
その下には妹さんもいて、もちろん2人ともとてもかわいいけれど、やはり男の子もほしかった、と彼は話した。
3人目にチャレンジしたらいいのに、と無邪気に言ってみたら、肩をすくめてこう答えた。
「それが、お腹に3人目がいるんだ。超音波で見てもらったんだけど、また女の子なんだってさ」
やれやれ、とため息をついて、それでもその笑顔は、とてもうれしそうだった。
「にぎやかになるね。いつごろ生まれるの?」
「うん、もうすぐだよ。それで、今ちょっと、嫁さんと、そういうことできなくって…そいで、『ちょっとは外で遊んできたら』つってくれてね。そんでここに来たんだ。ムラムラきてるのがバレちゃったのかなあ、はは」
ちょっとだけ、重みを感じた。
そのムラムラを我慢してたこと、でもバレちゃったこと、それをわたしにサラリと話せちゃうこと。
このひと、ほんとうに奥さんを好きなんだなあ、なんて、わたしにはこれっぽっちも関係ないことなのに、実感してしまった。

もしかしたら、臨月の奥さんにしつこく迫ってうっとおしがられ、ケンカの末の言葉かもしれない。「素人に手を出されちゃ、やっかいだし」みたいな考えの末のことかもしれない。
それでも、それもやっぱり、わたしのかなわない重い何かだった。
「じゃあ」
セーラー服を着たわたしは、ベッドの端に座ってもじもじしている彼をゆっくり押し倒した。そして心で ──2時間だけ、ちょっとだけ、あずかりますよ── と一瞬誓ってから、プレイを始めた。

このひとを思い切り興奮させたかった。そしてものすごく気持ちいい思いをさせてあげたかった、そうしなければと思った。
彼はそんなわたしに真剣に向き合ってくれて、それからはもう誰の夫でも父親でもない、ただの男であり続けた。
決して乱暴じゃないのに、深くて激しい時間だった。


別れ際、心がけるように店から言われていること。
名刺を渡して、また来てね、と微笑んで、最後にぎゅっと抱きしめて、お別れのキスをして。
その日はどれも、やらなかった。
もう目の前の人は、わたしのものではなかったから。
あとは、さりげなく別れるだけ。

ありがとう、気をつけてね、と言って、
向こうも、うん、きみも気をつけてね、と言って、
ひと呼吸のあとに背を向けた、と思ったとき。
ぐっ、と引き寄せられて、抱きしめられていた。
「ありがとう、楽しかった、ありがとう。からだに、本当に体に気をつけてね、がんばってね。ありがとう!バイバイッ!!」
そう言って、
おでこにチュッ、とキスをして、彼は帰って行った。
とっても恥ずかしそうな、笑顔を少し残して。

──お会いすることもない、あのひとの奥さま。
わたし、あなたのこと、ちょっとだけうらやましいです。
でも、こんなキス、しかもなんでおでこ、もしもなにかの拍子に一般の子がされちゃったら、やっぱり危険だと思います。
今度こんなことがあるとしたら、
またちょっとだけ目をつぶってあげてくれたらいいな。


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