砂のノート Archive

文章にして残しておきたかったことなど

お正月、いちご

かまぼこだてまきぶろっこりいちご

うちのおせち料理はちょっと変わっていると思う。
おせちの体裁をとってはいるものの、よく見ると全然関係ないものがまぎれこんでいる。 いちごとか茹でたブロッコリーとか。ブロッコリーにはレモンを搾って食べる。

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空から甘い実が落ちてくる

朝まで働いてくたくたになり、ベッドの中で最近好きなアプリ(みつばちになり花から花へハチミツを集め飛ぶという、運動神経をまったく問われない点がわたしに向いているグラフィックの美しいゲーム)をちょっと遊んで、眠った。

お昼ちょっと過ぎに目を覚まして、サイドテーブルのiPhoneを引き寄せてtwitterをぼんやりと見ていたら、そこに「ありがとう」という文字があった。いくつもいくつも、次々に。それで、ああ、その時がもう来たんだ、そういうことなんだ、と知ったので、公式サイトを開く前にじゅうぶん心の準備ができた。

わたしが初めてAppleの製品を見たのは近所に住んでいたお兄ちゃんの家でだと思う。パソコンというものは物々しくてかわいくないけどリンゴのマークはかわいい、と思った。高校生でG4を使うようになり、Mac OSは自分の性に合っているのかもと感じた。それからはずっとMacやiPod、iPhoneと一緒にいる。

だから、いろいろ素敵なものをありがとう、という気持ちももちろんあるし、あの気性の激しさとあどけなさや繊細さが同居したセクシーをとても魅力的だと感じてもいたんだけど。
わたしはスティーブ・ジョブズという人に、それとまたちょっと違う形の思い入れも、まったく勝手に持っていた。

似たような病気を持っている、という理由で。

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伊藤くんのこと

twitterで、なにか穏やかで優しい話をしたくなって、だらだらと書いた 。
いろんな人に好きと言ってもらえたので、ここにとっておきます。

 

伊藤博文くんの話してもいい? #

きのう夢に伊藤博文くんが出てきた。2年間同じクラスだった。伊藤くんはとにかく勉強が出来て、外見もそれっぽくやせ型で黒縁のメガネ、運動はあまり得意じゃないし大声では笑わないし女子には近寄らないという、絵に描いた優等生だった。 #

名前が総理大臣なことは、誰も大っぴらにはからかわないけど「……ねぇ?(笑)」という感じで。ちょっと気を遣わないタイプの先生は「お前すごい名前だな!ちゃんと勉強せんと恥だぞガハハ」なんて笑ったりしてた。最初の自己紹介の時に、ちょっと嫌そうに小さな声で名乗った顔を覚えている。 #

伊藤くんはクラスの「地味め・高偏差値・インドア」なグループの男子とあっさり仲良くしていて、わたしはなんというかちょっとキャピッとした位置にいたので接点はそうなかった。でもあるとき、話がまどろっこしく分からないと評判の先生の授業の後に、ふと広げっぱなしの彼のノートを見てしまった。 #

ノートの隅っこに書かれた「正」の字は、まぎれもなく先生が「要するに」と言った回数だった。すぐにピンときたのは、わたしも同じことをしてたから(ひとっつも要されてないんだよ!)。「今日は××回だったね」とこっそり話しかけて、それからわたしたちはちょっと仲良くなった。 #

ある時、ジェンダーフリーの授業というものがあった。学校のカリキュラムだったのか、当時の担任の考えで設けられたものだったかは分からない。男らしさ女らしさって何?男女平等って本当はどういうこと?みたいな議題で、自由に意見を交わす授業だった。 #

(ちょうどその頃「男女混合名簿」が議論されていて、わたしたちのクラスは試験的に一学期だけ導入されてみたりでちょっと翻弄されていた。でも男女の間にあまり壁のない、男子と女子という分かれ方で対立したこともないクラスだった。) #

担任教師は、なぜ会社員に男性が多いかから考えてみようか、と言った。女性は途中でやめるから?いや、そもそも就職の時点で男子の数が多い?大学に進む人の比率は?と話が進み、誰かが「男子の方が成績がいいからかなー」と言った。そこで担任は「伊藤、どう思う」と意見を求めた。 #

伊藤くんはそういう場面でどんどん意見を言うタイプではなくて、そのときもだいぶ時間を置いてから話し始めた。そして、仮説はいろいろ立ててみても結局はよく分かっていないんです、僕はそういうことを真剣に考えたことがない、というようなことを話したあとで、うんと間を置いた。 #

だいぶ時間が過ぎた。終わりなの?とみんなが思った頃伊藤くんは「ただ僕は、自分よりも椎名さんの方がずっと頭がいいと思ってます」と言った。とにかく驚いた。「だけど、だから働くべきとかは言いたくなく…」とかいろいろごにょごにょ言い、そのうちに下を向いて座った。担任がただ微笑んでいた。 #

そのあとしばらく伊藤くんはわたしと目を合わせてくれなかった。あんまり話もしてくれなかった。女子の間で「伊藤くんって話したらいい人なのかも」「かわいいとこあるかも」の声が出たことが恥ずかしかったんだと思う。そして「ていうかユリちゃんのこと好きなんじゃないの」の声も。 #

ここで書けるのはこのくらいかなあ……。 #

名前についてはだいぶ打ち解けてから「あのねえ、いくらうちが伊藤だからって、やっちゃうことはないだろうって言いたいよね親に!」「……でも、ちょっと後悔してる気配もあるからまあ許すしかないかな」と困ったような笑顔で話してた。それが本当にとてもかわいかった。 #

 

twitterに書いたのはここまで。

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夢について:セックスの相手

 中学生の時に読んでいた雑誌の読者お悩み相談コーナーに「セックスする夢を見ました。わたしは変態なのでしょうか?」というものがあった。その女の子(おそらく同年代であったと思う)がその状況で「変態」という言葉に行き着くことにショックを受けたのでよく覚えている。

 わたしはときどきセックスする夢を見る。だけどそれは、他の人がみているそれとは、違うものでもある。もしもその夢を調べたくなって「夢占い辞典」を開くとしたら(持ってないけど)、【セックス】ではなく【仕事】のページをまず引く、そういう夢もあるから。
 仕事の夢、としてのそれは、特に余韻を残さない。夢の中の仕事でうんと気を遣って神経を磨り減らしていたときは、起きてからなんだかすっきりせず夢に文句を言いたくなったりもするけれど。
 ときどき見る、そうでない方の「セックスする夢」。それらはほとんど、とても気に入ったものになる。ふだん夢の中ではあまり情緒が強調されないというか、現実よりも淡々と飛ぶように時間が過ぎることが多いけれど、そういう夢はたいてい、濃密でとても情緒的だ。夢の中でのわたしの感情が、とても豊かではっきりとしていて、それが目覚めた後もずっと残っている。

 きのう、そういう夢をみた。

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夢について:白い塔の子ども

 子ども時代、くり返し見る夢がわたしにもあった。

 何度も何度も見る夢の定番は、きっと「何者かに追いかけられる夢」と「落っこちる夢」だと思う。どちらも、絶体絶命もうだめだ、ってところで目が覚める、っていう、あれ。怖い夢を繰り返して見ることは子どもによくあるようだけど、脳や精神の成長となにか関わりがあるのだろうか。いつのまにか見なくなって少しさみしかったり、とうに大人になってから不意打ちで一度だけやってきたりというのも、夢の「スパルタ教育」によく見られる手法のようだ。

 わたしの場合は、塔のてっぺんから落っこちる夢だった。たしか、小学校にあがってすぐのころから見始めたんだったように思う。何度も見たけれど、それは怖いものではなかった。
 どのくらいの高さだったかよく覚えてはいないけれど、何の柵もない白い塔のてっぺんから下を見ていた。静かで、落ち着いた光景だった。ふと空中へ足を出した。怖さなどなかった、落ちるかもなんて考えもせずただ一歩前に出ただけだった。
 そして身体は落下した。真っ逆さまには違いないのだけれど、そのスピードはごく遅くて、わたしはふわりふわりと徐々に地面へと近づいてゆく。落ちている最中には仰向けだった。ほとんど平行な状態で、落ちるというよりも空気の中を沈んでゆくような感覚。——このままだとどうなるのかな。高いところから落ちると死んでしまう、ということくらいは知っていた。でもやっぱり怖くなかった。あまりにも気持ちのよいひとときだったのだ。
 やがて、まもなく着地だと自然にわかった。少しは緊張したんだと思う、けれど衝撃はなくわたしの身体はそっと、羽毛のようにやわらかなクッションに受け止められた。あ、痛くない。やったぁ。そう思ったところで、スッと終わった。目覚めたわたしは単なる敷き布団に抱かれてそこにいた。

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