2011-04

ひとりあそび2011

↓のpostをふまえてひとりあそびをしてみます
ただのわたしの遊びなので読んでもつまらないので隠します

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yes, it’s my Shockgyooo-Byooooo.

 仕事がとても忙しかったり、なにか行き詰まってしまったようなとき、生活のあらゆる場面でそれを連想してしまってピリピリだのゲンナリだのすることが、わりと多くの人にあると思うんだけど。
わたしがこの仕事をしている上でも、特に2、3年目には、しばしば、あった。右も左も分からない状態、からは一歩進んで、そうか自分はこういうふうに仕事したいんだ、という理想はぼんやりと思うのだけどちっとも追いつかず、日々ぶつかるひとつひとつの課題に翻弄され疲弊して小さな傷をいっぱいつけながら模索していたような、そんなとき。

 道を行く男性がひとり残らずお客さんのように見える夜……だいぶ大げさな言い方をすると。が、あった。

 そうだなあ、経理のお仕事の人が繁忙期のうんと疲れた夜、コンビニでもらったレシートを見てとっさに「ああっそれも入力しなくちゃ」なんて思ったり、そんなようなことってないかしら。きっとそんなようなことなんです。

電車の中で視界に入った男の人の、「この人がお客さんだったら」が一挙に押し寄せてどんどん息が苦しくなっちゃうような瞬間。どんな風にわたしを見て、どんな風に触ってくるだろう。どんなことで気まずくなって、どんなことで落胆されるだろう。あの人とはうまくいかない気がする、あの人は少しはいいだろうか、あの人には絶対につきたくない。
 裸体が透けて見えるような気がしてうんざりしたりもして、と書くとまるで神経がすっかり参ってしまっているようだけど、これはもしかしたらわたしの記憶の中にしんしんと積もった統計データのようなものが、そうさせていたのかもしれないな。


 似たようなことが、今でも、時々ある。
 でも以前と少し違うのは、最近のわたしが「遊びでも、それをすることがある」ということ。
ふと目に入った見知らぬ人のイメージだけをお借りして、もしも仕事で出会ったらどんな時間になるだろうとちょっと想像してみる、というひとりあそびを編み出した。
 どんなアプローチをすれば、ほんの少しの気を許してもらえるだろう。もし悪くないと思ってくれたとしたら、わたしのどこを、どんな言葉でほめてくれるだろう。
 楽しいと思ってもらえるだろうか。それを、できるだけおめでたく空想してみる。

 もしもわたしの頭の中が見えていたら、さぞかし気味がわるいでしょうね。ごめんね。
 わたしもきっといろんな人の脳みその中で裸になっているんだろう。そのこと自体は特にいやじゃないよ。空想を空想のままにしていてくれるなら、いくらでもどんなことでもさせてもらってかまわない。


 たとえば、襟足の髪のハネ方ひとつで、その近くへシャワーの水流を当てる自分の気持ちを、手の動きを、想像することができるようになった。それは実際に初対面の人の身体にそっとお湯をかけるとき、あのとても緊張する瞬間の、とてもわずかな「足しになってる」ような気が、なんとなくする。ううん、きっと気のせいだね。でもいいんだ、せっかく手に入れたものだもの。

 もちろん、悩んで考えをモヨモヨさせて、ああもうこんなわたし誰の前でも服なんて脱げるわけない、もうおとことかおんなとか肉体とかない国に行きたい……なんて煮詰まってくよくよする日も、相変わらずある。確かに、あるんだけど。


 少しは、なにかが、変わったのかな。
 「業界に染まった」とか、言われるかもしれない。

 そんならそれでもいいんだ。今のわたしは、少しはちゃんと息ができている。

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