2012
HPVワクチンの話(3)
- 2012-02-12 (日)
- 泳ぐひとへ
→(2)のつづき
ようやくここまで来ました。実践編です。
予約時間の少し前にクリニックに到着。問診表と体温計、そして「HPVワクチン(ガーダシル®)を接種される方へ」という文書を渡されます。よく読みましょう(でもたぶん自分で打とうと思っていろいろ調べてきた人にとっては知っていることばかりだと思うので、復習みたいな感じです)。
同じものがアップロードされているのを滋賀県庁のサイト内で見つけました。
(ガーダシル®を接種される方へ / pdf:152KB)
体温を測って、問診表に記入。受付の方に渡します。
問診表内に記入する必要のある個人情報は、
- 住所と電話番号
- 氏名(受ける人が未成年の場合、保護者の氏名も)
- 生年月日と年齢
- 最近病気しましたか?お薬のアレルギーがありますか?など各種予防接種でおなじみの質問
です。「性体験がありますか? (いいえ/はい)」みたいなマルをつけねばならなさそうなイメージがあるかもしれませんがそんなことは聞かれません。婦人科だとたまに初経年齢とかきかれるけど、それもないです。
HPVワクチンの話(2)
- 2012-02-12 (日)
- 泳ぐひとへ
→(1)のつづき
わたしがHPVワクチンの接種は自分に関係ないとみなしていたのは、ひとえに「まだセックスをしていない10代前半の人のためのもの」というイメージのためだった。セックスしてないどころか性的サービス業に従事している自分には関係ない、どうせ感染しているのだから無意味だと考えていた。
本当にまるっきり無意味なんだろうか。その思いが芽生えてしばらくいろいろ探したのち、この論文に行き当たった。
「産科と婦人科」2010年9月号
抜粋したものをここで見ることができる。
産科医療のこれから
ワクチンに対する考え方は本当にその人ひとりひとりで異なるものだし、特にHPVについては「これが正解、これが世界標準」というようなものがまだあるわけじゃない。しかし「処女なら打ちなさい、そうでないならあきらめなさい(極端な言い方をすると)」なんて単純なイメージは全くの誤りだと知った。
HPVワクチンの話(1)
- 2012-02-12 (日)
- 泳ぐひとへ
わたしが子宮頚がんというものを強く意識し始めたのは、2010年のことだった。
前の年の終わりに日本でサーバリックスの接種ができるようになったニュースに対しては、ようやくだ、よかった、という感想を持ったものの、自分には(この先子どもを養育しない限り)直接関係のないこととして受け止めていた。「10年遅いよ」と思った。
わたしはもう、大人になってしまったから。10年前ならば間に合ったのに。
ところが、このことについてもっと考える機会がもたらされることになる。2010年の夏、子宮頸がんがもう一歩わたしのそばへ近づいてくる出来事があった。
それこそ10年ほど前から好きで見ていたウェブサイトを運営している女性の日記ブログに、その病名は出てきた。少し前から、病院でのごはんやベッドの写真、入院するよという記述などがあった。「今日はお泊まり!」だとか「思ってたよりボリュームあって太っちゃいそう」なんて元気に書いてくれてはいたけれど、どうしたのかな、と心配はしていた。そして、やがて記された「子宮頚がん」という文字に、わたしは息を飲んだ。
お正月、いちご
- 2012-01-03 (火)
- 砂のノート
うちのおせち料理はちょっと変わっていると思う。
おせちの体裁をとってはいるものの、よく見ると全然関係ないものがまぎれこんでいる。 いちごとか茹でたブロッコリーとか。ブロッコリーにはレモンを搾って食べる。
2012
- 2012-01-02 (月)
- 波のあわ

いつにもましてお正月気分がぜんぜんしません。
それでも日付は変わります。
お慶び申し上げるほどの気持ちでいなくても、どんな仕様もないことが起こっても、日付だけは律義ですね。
わたしが死んでも日付だけはいつまでも増え続けるのだから、 こんな義理堅いものありません。
わたしといえばMacBookのメモリを増設しているうちに2012がそこにいました。
10年前にはこれを自分で出来るなどと夢にも思いつかず、こんなことがすいすいできるなんて男の子ってすごいなあと思っていました。今思うと笑ってしまいますね。
あのときは、512MBを1GBにしたんでしたっけ。
それにしてもメモリは安くなりました。
タイムマシンで買いにきている2010年ごろの人が、もしかしたら紛れているかもしれません。
目覚めたMacは以前に比べてずいぶんとすっきりした面持ちでしたので、あ、よかったね、と思いました。
わたしも、やりたいな、それ。
やれればよかったのにね。
メモリも取り換えられないで大きな顔をしている人間のわたし。
壊れたらそれまでの野蛮な存在。
「だれだってできるよ、静電気だけ、気をつけるくらい。ああ、あと、ネジ。なくさないことと」
そう言ってくれたあの子がもしもわたしにもっといばっていたら、きみにはできないだろうね、と言っていたら、わたしは今もひとりでMacBookの裏のフタを開けられなかったでしょうか。
そんな人生でも、おなじくらいのそれなりに、しあわせではあったでしょうけど。
タイムマシンがいつも、もしあれば、未来を夢見る小道具として語られているといい。
誰もがみんな同じように、そのこと以前に戻りたいと願うような日が、来ませんように。
そんなおそろしいことが、起こりませんように。
わたしが死んでも、起こりませんように。
じっさいにはほんとうにタイムマシンが使えたら過去のじぶんに全財産をアップルの株につぎ込めって言いにでかけますけどね。
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