blog: 甘い手であそぶ人魚

夢について:twitterで

午前3時50分。twitterで。
怖い夢をみて目覚めてしまった友だち。
たまたま目にして、あわてて声をかけた。こわい夢、という言葉がとても、わたしにもこわくて。彼女の夢の中に出ていって、助けてあげられればいいのに。
それからしばらくわたしはtwitterに残り、夢と眠りのことをぼんやりと考えていた。

そのときのpost、なんとなくとっておく。
夢について考えるのは、すこしこわくて楽しい。

 

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すごいこわい夢を見て、眠りに戻れない。


よし!じゃあいっしょにあそぼうか。それともぶたさんもよんでこようか。

わーい、こゆりんがいてくれるだけで充分だよ。ありがとう!

こゆりんもぶたさんもずっといっしょにいるよ。もうこわい夢はどこにもないよ。安心してゆっくりおやすみ。(注:彼女は豚をこよなく可愛がっている)

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夢について:白い塔の子ども

 子ども時代、くり返し見る夢がわたしにもあった。

 何度も何度も見る夢の定番は、きっと「何者かに追いかけられる夢」と「落っこちる夢」だと思う。どちらも、絶体絶命もうだめだ、ってところで目が覚める、っていう、あれ。怖い夢を繰り返して見ることは子どもによくあるようだけど、脳や精神の成長となにか関わりがあるのだろうか。いつのまにか見なくなって少しさみしかったり、とうに大人になってから不意打ちで一度だけやってきたりというのも、夢の「スパルタ教育」によく見られる手法のようだ。

 わたしの場合は、塔のてっぺんから落っこちる夢だった。たしか、小学校にあがってすぐのころから見始めたんだったように思う。何度も見たけれど、それは怖いものではなかった。
 どのくらいの高さだったかよく覚えてはいないけれど、何の柵もない白い塔のてっぺんから下を見ていた。静かで、落ち着いた光景だった。ふと空中へ足を出した。怖さなどなかった、落ちるかもなんて考えもせずただ一歩前に出ただけだった。
 そして身体は落下した。真っ逆さまには違いないのだけれど、そのスピードはごく遅くて、わたしはふわりふわりと徐々に地面へと近づいてゆく。落ちている最中には仰向けだった。ほとんど平行な状態で、落ちるというよりも空気の中を沈んでゆくような感覚。——このままだとどうなるのかな。高いところから落ちると死んでしまう、ということくらいは知っていた。でもやっぱり怖くなかった。あまりにも気持ちのよいひとときだったのだ。
 やがて、まもなく着地だと自然にわかった。少しは緊張したんだと思う、けれど衝撃はなくわたしの身体はそっと、羽毛のようにやわらかなクッションに受け止められた。あ、痛くない。やったぁ。そう思ったところで、スッと終わった。目覚めたわたしは単なる敷き布団に抱かれてそこにいた。

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ひとりあそび2011

↓のpostをふまえてひとりあそびをしてみます
ただのわたしの遊びなので読んでもつまらないので隠します

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yes, it’s my Shockgyooo-Byooooo.

 仕事がとても忙しかったり、なにか行き詰まってしまったようなとき、生活のあらゆる場面でそれを連想してしまってピリピリだのゲンナリだのすることが、わりと多くの人にあると思うんだけど。
わたしがこの仕事をしている上でも、特に2、3年目には、しばしば、あった。右も左も分からない状態、からは一歩進んで、そうか自分はこういうふうに仕事したいんだ、という理想はぼんやりと思うのだけどちっとも追いつかず、日々ぶつかるひとつひとつの課題に翻弄され疲弊して小さな傷をいっぱいつけながら模索していたような、そんなとき。

 道を行く男性がひとり残らずお客さんのように見える夜……だいぶ大げさな言い方をすると。が、あった。

 そうだなあ、経理のお仕事の人が繁忙期のうんと疲れた夜、コンビニでもらったレシートを見てとっさに「ああっそれも入力しなくちゃ」なんて思ったり、そんなようなことってないかしら。きっとそんなようなことなんです。

電車の中で視界に入った男の人の、「この人がお客さんだったら」が一挙に押し寄せてどんどん息が苦しくなっちゃうような瞬間。どんな風にわたしを見て、どんな風に触ってくるだろう。どんなことで気まずくなって、どんなことで落胆されるだろう。あの人とはうまくいかない気がする、あの人は少しはいいだろうか、あの人には絶対につきたくない。
 裸体が透けて見えるような気がしてうんざりしたりもして、と書くとまるで神経がすっかり参ってしまっているようだけど、これはもしかしたらわたしの記憶の中にしんしんと積もった統計データのようなものが、そうさせていたのかもしれないな。


 似たようなことが、今でも、時々ある。
 でも以前と少し違うのは、最近のわたしが「遊びでも、それをすることがある」ということ。
ふと目に入った見知らぬ人のイメージだけをお借りして、もしも仕事で出会ったらどんな時間になるだろうとちょっと想像してみる、というひとりあそびを編み出した。
 どんなアプローチをすれば、ほんの少しの気を許してもらえるだろう。もし悪くないと思ってくれたとしたら、わたしのどこを、どんな言葉でほめてくれるだろう。
 楽しいと思ってもらえるだろうか。それを、できるだけおめでたく空想してみる。

 もしもわたしの頭の中が見えていたら、さぞかし気味がわるいでしょうね。ごめんね。
 わたしもきっといろんな人の脳みその中で裸になっているんだろう。そのこと自体は特にいやじゃないよ。空想を空想のままにしていてくれるなら、いくらでもどんなことでもさせてもらってかまわない。


 たとえば、襟足の髪のハネ方ひとつで、その近くへシャワーの水流を当てる自分の気持ちを、手の動きを、想像することができるようになった。それは実際に初対面の人の身体にそっとお湯をかけるとき、あのとても緊張する瞬間の、とてもわずかな「足しになってる」ような気が、なんとなくする。ううん、きっと気のせいだね。でもいいんだ、せっかく手に入れたものだもの。

 もちろん、悩んで考えをモヨモヨさせて、ああもうこんなわたし誰の前でも服なんて脱げるわけない、もうおとことかおんなとか肉体とかない国に行きたい……なんて煮詰まってくよくよする日も、相変わらずある。確かに、あるんだけど。


 少しは、なにかが、変わったのかな。
 「業界に染まった」とか、言われるかもしれない。

 そんならそれでもいいんだ。今のわたしは、少しはちゃんと息ができている。

震災のあと働いて、思ったこと

おはようございます。こんばんは。
今日は、うかんだことをできるだけそのまま書こうと思います。いきおいまかせにあんまり整えずに。
読みにくくなるだろうなあ。すみません。


アクセス解析というものを、ふだんあまりこまめにチェックしていません(知識がおいつかないもので)。
でも最近、福島や岩手、東北地方からのアクセスがあるのを見て、わたしの文章がなにがしかの、文字を追うという楽しみになっているだろうか、と思います。

わたしは、こういうときに役に立つような文章は、なにも書いていない。これからも書けないと思う。
かといって本職が、なにか困っている人の助けになるような業務内容かというと、言わずもがな、です。

大きな余震が続くうちは、裸でいることさえ怖いですから、勝手知らぬ場所で見ず知らずの方とそうして過ごすこの仕事は、働く側にとって大きな恐怖を伴います。けれど出勤しなければ、その日から1円の収入も得られないことになる。これもまた大きな不安を心にもたらします。わたしも、そうでした。
風俗店などは営業を自粛するべきだ、という声もよく聞かれました。
確かに、なんの緊急性もない、暢気な娯楽でしょう。存在そのものが、不謹慎、と思われることもある。
従業員には、それぞれに複雑な葛藤があります。
しばらくは店には出ずに預貯金で暮らす人も、それがかなわない人も、普段どおりに働く人も、普段以上に働く人もいます。家族が大きな被害に遭われた人も、もちろんいます。


震災の後に会ったお客さんとは、そのときの話になることがあります。
来客がうんと減ってしまったろうに生活は大丈夫か、と心配してくださる常連のひと。阪神淡路のときの経験を話してきかせてくれるひと。

東北出身のまだ若い方に、直面されている厳しい事情、彼を襲った悲しいこと、やり切れない気持ちや大きな不安やそういったものを聞き、またそれらを多少暴力的な身体への接触という形でぶつけられて、やるせない気持ちになったりもしました。身近な方が実家をなくしてしまい、どのように接すればいいのか分からず自己嫌悪に苛まれている、とか、この先仕事がなくなりそうで不安だよ、とか、打ち明けられたりもしました。

当然ながら「直接被災していない者どうし」なのですが、それでもその瞬間どこにいて何をしていたか、何がどのくらい揺れて、どんな恐怖を感じてどう行動したか。 まわりでこんな話をきいた、自分はこう考えてる、今こんなことがいやだ。そういう些細なひとつずつを口に出し合うことでどこか日常の支えにしようとしているんじゃないかしら。そんなことに気がついたのは、この数日です。

そして、ここにいるのがデリヘル嬢という立場のわたしであっても、人はそれをしようとするのだなあ、ということは、わたしにとって発見でした。おそらくさっきまでわたしの顔やカラダを用心深く値踏みして、今日の万単位の支出が有意義であったかを気にしてたであろうと思うのに。「キミは口内(口で精液を受け止めること)できる子?」なんて言ってさえいたのに。



そうしているとゆらりと余震が起こって、ただ咄嗟に手をつなぎ、「ああ……」と小さくつぶやいてそれが過ぎるのをひたすら待つような数秒間が突然やってきたりする。

わたしたちは互いのことなどろくに知りもしない、とくになんの信頼関係もない他人の男女です。ゆきずり、です。でも、身体のどこかが接触していることが、いくばくかの落ち着きをもたらしてくれている。それはきわめて不確かで、はかなくて、まやかしやハリボテのような類のものなのでしょう。でも、きっと相手もそう知りながらも依っていてくれるのではないか。そういう思いがよぎります。

あなたとわたしは、今ここで生きている。そうですよね。そう強く思って、込めます。

だからどうということはありません。あなたは生きている。わたしも。わたしに解ることはそれだけです。ただあなたは生きている、という強烈なことがわたしの心におどろくほどの強さとスピードをもってボワと立ちはだかるだけです。


被災していない都会に住む私たちが、今できること、というのが確かにたくさんあって、次から次へと提唱されるそのすべてを完璧にこなさなければ善良な人間ではないかのように感じてしまいそうです。だけど正しい市民でいるためにすぐそばにいるひとと言葉を交わすことをおざなりにしてしまってはいけない、と思う。
恐怖や不安はこれからもなくなることはないでしょうし、悲しみはつねにぴっとりと横にくっついているのでしょう。これから向かう場所がどんなところなのか、わたしもさまざまな項目を心細く思っています。泣きそうになる。ただそこへと向かってみんなで歩きだしてゆくとき、まず隣にいるひとの手をとって、体温を分け合っていようと思うのです。なくすことなど決してできない不安を、本当にほんの少しずつでもやわらげ合いながら、風にとばされてしまいそうなホッとする気持ちやこころよいことを、どんなにささやかな規模でも分け合いながら、家族と、大切な人と、そしてできれば、たまたま縁あって隣に並んで歩く知らない人とも、おなじように。

これを読むあなたの隣にこの先並んだ人が、もしかしたら風俗嬢とかセックスワーカーと呼ばれる職業に就いているかもしれません。
ただ一緒に歩いてくださることを願っています。
あなたは生きている。わたしも、生きています。


2011年3月26日
ようやく少し地震酔いのおさまった朝に

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